本隆山 本妙寺

本隆山受信院と号す。本尊は首題宝塔釈迦多宝仏で、天文二十年(1551)十月十三日、僧日理と尼崎芝新兵衛とにより創建され、後天和元年(1681)十一月十八日類焼の厄に遭い、諸堂宇悉く烏有に帰し、元文年間(1736~1740)再建された。昭和七年には客殿が新築されている。昭和五十六年(1981)宗祖日蓮大菩薩第七百遠忌の御報恩事業として本堂が再建新築される。

境内には妙見堂があり、お詣りする人も多く一般に本妙寺というより妙見さんとしてしられている。

 

「平野郷 大阪市編入五十周年誌」より転載後、
本妙寺住職により加筆、修正

 

参考年表

天文十二年(1543) ポルトガル船が種子島に漂着し、鉄砲が伝来
天文十八年(1549) フランシスコ・ザビエルが船で鹿児島に到着
天和二年(1682)  天和の大火(八百屋お七火事)
天文年間(1736~1740) 江戸幕府八代将軍・徳川吉宗の時代

  • H 本門法華宗 本妙寺
  • 大阪市平野区平野本町3-3-4
  • TEL06-6791-6637

妙見堂

 

 
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